雑感

諸々

東電を告発する方法がないかと検索しているうちにいやな主張をするツイートを見てしまった。

東電を弾劾するには、東電社員の子供を学校で教師も含め皆で徹底的に無視するのが効果的だ、というとんでもない意見だ。

情けない気持ちを通り越して怖くなった。子供を無視してなんになる、それ以上に「無視」という行動に恐ろしさを感じる。
無視することや声をあげないことは行動でも何でもない。現状を結果的に肯定するだけだ。しかも本人が何かをやってるつもりになってるだけもっとたちが悪い。

声をあげるって言ってもTVでやってるような「がんばれ」とか「日本は一つ」などの実は何にも言ってないに等しいことを言うべきだなんてちっとも思ってない。

電力会社の偉いさんが理事に名前を並べるAC(公共広告機構)が今ことさらに「日本は一つ」だの「がんばれ日本」だの「日本」を持ち出しているのも不気味だ。

そもそも「がんばれ」なんて誰に言ってるのだろう。何をどうがんばるのだ?なにを一つになるのだ?

そう思っていたらある被災者の方の正直な気持ちが書かれたブログを読んだ。コメント欄のひどさには吐き気がするが、確かにこれは全ての被災者の気持ちではないかもしれない。しかしこれを読めば簡単には「がんばれ」なんて言えない。

TVでそういったなんにもならない言葉が垂れ流されて本当に知りたいことはなかなか報道されない今、ネットで話題になってる斉藤和義(のそっくりさん?ということになってましたが本人であることが公表されましたね)の替え歌「ずっと嘘だったんだね」を見た。

メッセージ・ソングなんて歌詞の比重が大きすぎて好きじゃないんだが、これを見てなんかとても爽快だった。TVでいわゆるメジャーなミュージシャンが、何の役に立つかも分からない「応援歌」や「応援メッセージ」ばかりを受け持たせられてる中(多分納得してない人もいるんだろうと思う)、こうまでストレートに「声」を出した人がいたことをとても爽快に感じたのだ。

削除されまくってるみたいだけど会社としてはそうせざるを得ないんでしょう。でも削除を受け持たされてる人の中にもそれが追っつかないことを喜んでる人は必ずいるはずだ。

そう思っていたら吉田照美のラジオで「ずっと嘘だったんだぜ」をそのまま流したという。これはすごい勇気だ。

緩やかな言論統制が進んでるとしか言えない今の状況、とにかく不格好でもいい、「声」をあげることから始めないといけないかなと思ってる。

アンサンブルズ展のDVDについても書きたかったが次回に。

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