穂高亜希子さんのCD

 を来年リリースすることになりました。

 広重君より穂高さんがCDをリリースすることを考えていてそのリリース先の候補にF.M.N.をあげてくれていてるからどうか、という連絡が数日前に来た。

 正直言って、営業力もプロモーション力も明らかに力不足なF.M.N.よりは他のレーベルから出したほうが穂高さんにとって良いのではないかと思い、最初は広重君にそう伝えた。

 その後、穂高さんとメールで連絡、そうか、そうですか、じゃがんばってやろう、と思い直した。

 その気持ちは、広重君のブログで書かれてた「使命感」というのとはもしかしたらちょっと違うかも、いやそれが使命感かもしれないけど。

 なにより穂高さんのCDを聴きたい、多分一番聴きたいのが自分。
 自分が聴きたいCDを作る、それがレーベルをやっている基本の気持ちなので、そのことが一番の動機である。

 聴きたいCDを誰かが作ってくれたらそれで良いかもしれない。
 ただ受け取った人がずっとそのまま大切に思ってくれるような、ずっと持って(たとえ頻繁に聴いてくれなくてもいい、「持ってる」ことが何らかの励みになるなら)くれてるようなそんなCDが作れるなら尚いい。

 穂高さんがF.M.N.を候補にあげてくれたことの理由にそんなこともあったので、じゃ、手に入れた人がずっと珠のように大切に思ってくれるようなCDが一緒に作れればと思った。

 穂高さんのライヴを見たのは一度だけ、しかしその一度の衝撃は凄かった。
 その晩に>穂高亜希子さん、良かった。賛美歌を思い出した。宗教っぽいということじゃない。日々の生活の悲しみや喜びに寄り添う信仰を思い出す。道ばたのお社に手を合わせるおばあちゃんの気持ち。<とツイートしてる。

 穂高さんの歌に関してはコンピレーション「日曜のうた」の五所純子さんの解説に全てが言い表されてるような気がする。

 一言一言放たれる言葉の重さは人に何かを伝えるとかいうこと以上のモノを感じる。なにかとんでもない触れてはいけないものが目の前に立ち現れたみたいで、居住まいを正さないとひるんでしまうくらい。

 大手のレーベルが「採算があわない」というならば金銭面じゃないもっと別の「採算」があう、そんなCDをつくることになるだろうな、と思う。
 だからしっかりした作り方をしようと思ってます。

 ライヴの動画を

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